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 私のバイト時代(12) TOP
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  経営者は50代の小男で片足がなかった。太平洋戦争でなくしたと言って 
 いた。杖をついて体を揺らして歩いた。仕事先にはこの「片足」と同じ都立 
 大学の男子学生と私の3人で行った。 
  
  車はライトバンで後ろに薬品や散布器やその他の器具を積み込み、前に我 
 々が乗った。片足で運転できるのかと思ったが、当時は珍しいオートマ車で 
 片足は特別に許可をもらったそうである。学生はB類といって夜間の在籍だ 
 った。無口な男で地方からでてきて働きながら勉強していた。この害虫駆除 
 会社の事務所というか自宅というか、その2階に下宿していた。 
  
  始めに行った現場はスーパーの西友で関東近辺の店を回った。開店時間の 
 終わった夜8時頃からが仕事で1日に一店舗のゴキブリとネズミを駆除する。 
 次の日はまた別の現場に回る。2週間に1度くらいの割合で回るので担当箇 
 所は14店舗ほどだった。 
  
  ゴキブリ駆除は、店内の喫茶店や食堂などの厨房を主に行う。大きなビニ 
 ール紙を広げて厨房内のものに薬品がかからなくする。それから農薬を散布 
 するのに使うタンクを背中に担いで噴射する。天井から壁から床から散布液 
 がしたたり落ちるぐらい大量にまく。 
  
  タンクを担ぐのは無口な男で片足は入り口付近で指示していた。私は補助 
 係だった。全員ゴム長靴を履き手には薄手のゴム手袋して帽子をかぶった。 
 片足と私はガーゼのマスクをしたが「無口」は目まで覆われている毒ガス用 
 のマスクをしていた。 
  
  この薬が強力で例えば階段側の1階の厨房に散布すると、揮発性のガスが 
 階段を上って3階の踊り場にいるゴキブリも仰向けに死んでいた。厨房の中 
 にある引き出しに散布すると奥の壁際の床にばたばたゴキブリの死体がころ 
 がった。 
  
  片足は「ゴキブリは1匹見えればかげに200匹」と口癖のように言って 
 いた。こうして店内の厨房関係を一巡りした後、始めの場所に戻ってビニー 
 ルの覆いをはずして仕事は終わる。作業服をはじめ身につけていた衣類一式 
 はポリエチレンの大きな袋に入れ、箱にしまう。その現場で必ず手足顔を洗 
 う。それから車に乗り込むのだった。 
  
  ネズミの駆除はさしみを飾るような発砲スチロールの板に毒入りソーセー 
 ジをのせて、店内のネズミが通りそうな床に置く。ソーセージは魚肉を使っ 
 た安い物だったが漬ける薬が劇薬だった。ソーセージを1cm角に切ったか 
 けらをビニールの手袋をした上にピンセットでつまみ、その個数をきちんと 
 数えて、置いた場所と共に記録した。この作業は片足だけがやった。 
  
  店内に誰もいなくなる9時過ぎにこの作業を終え、配置図を警備員に渡し、 
 翌朝店員が出勤する前に全部回収した。毒入りソーセージが一かけらでもな 
 くなればあたりをくまなく探し確認した。必ず近くにネズミの死体があった。 
 この薬を飲んだネズミは広い所で死ぬものだという。普段買い物をしている 
 ときは気づかなかったが、知らないところでずいぶん危ない事をしているん 
 だ、と思った。 
  
  昼間には別の現場を回った。印象深かったのはルーマニア大使館だった。 
 片足がどこからこの仕事をもらってきたかは不明である。小国といえども駐 
 在大使館は治外法権である。一歩足を踏み入れれば日本の法律は通用しない。 
 そんなことを考えて少し緊張していったが、何のことはない、ただ少し大き 
 なお屋敷に肌の白い外国人が住んでいるだけであった。 
  
  ゴキブリの駆除を依頼されたのはこの厨房であった。厨房というよりはや 
 や豪華な台所といった感じである。母親とまだ中学生くらいの娘が心配そう 
 な表情で我々を案内した。そしてまじめそうな父親が出てきて片足と交渉し 
 た。「ノオ、グンダーク、シックスマンス、ギャランティー」片足は日本語 
 発音でそう言っていた。 
  
 1999.1.5. 
  
  
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 初出:F36通信 1999.1. 
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 あとがき:メール版にする時、思い悩んだ用語がある。「片足」という表記 
 である。他に変えられないかと考えた。社長とか主任とか、あるいは仮名で 
 片倉、佐瀬、などいくつか案があった。当時を思い出してみると、私が頭の 
 中でこの経営者を呼ぶ時はそれ以外考えられなかった。もちろん口に出して 
 言わなかった。彼にはある頑なさと威厳があったように思う。私の叔父は聾 
 唖者であった。すでに亡くなったが、その叔父にもある頑なさと過度のはに 
 かみがあった。直に相手にしている時は困惑することもあるが、離れて思い 
 出してみると、それはそれで得難い個性だと感じられた。その人のことを思 
 い浮かべると、自分の眉が少し寄って口元が自然にほころんでしまう、そう 
 いう微妙な感じになる。是非にというわけではないが、こちらから会いたい 
 と思う。それを確認して、私は始めのままにしておくことにした。私もまた 
 ある点でひどくかたくなところがある。自分でもいかんともしがたい。話は 
 飛躍するが、健常者という言い方は嫌いだ。腰にジャラジャラ鍵をたくさん 
 ぶら下げていい気になっている姿が思い浮かぶ。一般にはあまり通用しない 
 連想だとは思う。 
  
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 自伝シリーズ NO.50  私のバイト時代 (12)    2001.8.11 発行 
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 発行者:ぱーこ pahko-s@parkcity.ne.jp 
 発行所:ぱーこシティ http://www.parkcity.ne.jp/~pahko-s/ 
     バックナンバーは、ぱーこシティにあります。 
     日記シリーズの伝言日誌は毎日更新中。 
  
 配信元:『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000042938) 
  
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