集合時間は冬の早い落日がすぎた夕方であたりは暗くなっていた。場所は
竹芝桟橋の近くの公園だったと思う。そこにマイクロバスが着いた。運転手
が降りてきて、競輪の仕事に行く人は集まってくれ、と言った。公園の中に
ばらばらにいた男たちが黙ってマイクロバスの入り口の方へ向かう。なんだ
か不気味である。私は後の方についていった。
皆、入り口で学生証を出している。運転手は確認もせずにただ示された学
生証を見てうなずくだけだった。一通りそこにいた者が乗り込むと、運転手
はハンドルを握り、前を見たまま、番号を言ってくれ、と声をかけた。最後
は21番だった。なぜそんなことを覚えているかというと、それが私の年齢
だったからである。
そしてバスは湾岸道路を走り出した。何処へ連れて行かれるかわからない、
と内心不安だった。私は黙ったまま額を窓ガラスに押し当てて外を見ていた。
外は暗く冬の冷たい風が吹き募っていた。
バスが止まったのはもう夜中の12時近くなっていた。あたりは真暗でプ
レハブの小屋の明かりだけが裸の地面を照らしていた。皆その中にどやどや
入っていった。一番最後に運転手が来た。今日はここで寝て、明日の朝また
指示する。と言っただけで出ていった。
プレハブの中は8畳ほどの部屋が三つあり布団が敷き詰められていた。暖
房は入れていない。寒いので服も脱がずに布団の中に潜り込みそのまま寝た。
なんだか大変なところに来てしまった、と思ったが仕方がない。
翌朝は6時にたたき起こされ、食堂に行った。朝食はあじの干物に生卵、
味噌汁という和食セットだった。事情もよくわからぬまま、ともかく食べ終
わると、外に出て競輪場のそばの事務所に連れて行かれた。そこで作業服と
安全靴(清掃のバイトで履いたあの鉄板の入っている頑丈なやつである)を
支給され、分担箇所の説明があった。
私は駐車場の整理に配置された。駐車場といっても地面に土がそのまま露
出している広場に線も引いていなかった。やってくる車を適当に指示して空
いた場所に駐車してもらえばいいのだった。よく晴れた北風の吹きつのる寒
い日だった。安全靴の中は冷たくて痛かった。そのうち感じなくなった。作
業は楽だったが、寒さにはまいった。
黒塗りのベンツがやってきて、私と同じ立場のバイト学生がいわれたとお
りに駐車場に案内しようした。車の中から見た目そのままのヤーさんが降り
てきて、なんだお前は!と大声で怒鳴った。バイト学生はどうしていいかわ
からず立ちすくんだ。そこへガードマンの制服を着た職員がやってきてペコ
ペコ頭を下げ、他の場所に誘導していった。
しばらくして戻ってきて、ああいう車が来たら自分を呼べ、といって去っ
ていった。そばで見ていて怖かった。その後そういうことはなかったが黒い
車が来ると緊張した。後で分かったが、警備会社を仕切っているのは地元の
元警官だった。ガードマンとして再就職したのである。当然ヤクザと関係が
あり、その筋の関係者は地面も舗装してあるきちんとした職員用の駐車場に
止めるのが慣例になっているようだった。世の中の癒着を見た思いがした。
それ以外は特に何もなく、ただ寒い中を震えて立っていれば仕事は終わっ
た。2泊2日の仕事だった。最終日は事務所で茶封筒に入った給料を受け取
り、来たときと同じようにマイクロバスに乗って、始めの集合地点の公園に
降ろされてそのまま解散になった。
引っ越しのバイト、競輪場のガードマンと単発の仕事が続いた。少し安定
したバイト(というのもおかしなものだが)を探して見つけたのが害虫駆除
の仕事だった。これは2月ほどやった。元はシロアリの駆除をしていたらし
いが、与えられたのはゴキブリとネズミの駆除だった。会社は渋谷にあった。
自宅の1部が事務所になっていた。畳の上に一斗(18リットル)缶が直に
積んであった。
98.12.24
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初出:F36通信 1998.12.
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あとがき:競輪場のガードマンは「立ちん坊」が受けるような仕事である。
山手線で高田馬場から新大久保に行く途中にこの立ちん坊を見ることがあっ
た。公園の脇に所在なげに男達が立っている。そこへトラックで手配師がや
ってきて男達を乗せて走り去っていく。この時期、私は上野駅街頭で自衛隊
の勧誘を受けたことがあった。古びた背広を着た年輩の男が近寄ってきて、
「お、兄ちゃん、いい体してるなあ。仕事あるよ」と自衛隊のパンフレット
を見せた。制服を着た歯の白い男女の青年が敬礼をして写っていた。いいで
す、とだけ言って立ち去るとそれ以上追って来なかった。椎間板ヘルニアの
私に「いい体」はないだろう。それでも所在なく街をうろついている私に目
をつけたところは流石にプロである。その手の勧誘は手当たり次第に声をか
けているのではない。大学にも行かず特に目的もなくバイトばかりしていた
私は確かに「いい仕事あるよ」と声をかけるのにふさわしい相手だった。
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自伝シリーズ NO.49 私のバイト時代 (11) 2001.8.4 発行
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発行者:ぱーこ pahko-s@parkcity.ne.jp
発行所:ぱーこシティ http://www.parkcity.ne.jp/~pahko-s/
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