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 私の大学時代(2) TOP
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  都立大学の入学式は全共闘に「粉砕」された。3年浪人して入学はしたも 
 のの、同級生とは話が合わなかった私はどうも場違いなところに入ってしま 
 ったようだ、と思いつつ入学式に出席した。学長の祝辞を聞いて事務連絡が 
 あるだけの式だった。高校のように一人一人呼名されることもない。 
  
  学長の話が始まってすぐに演壇の右の方で騒ぎ声がして10名ほどのヘル 
 メットにタオルで覆面をした集団が現れた。入学式粉砕!処分撤回!などと 
 わめきながらドヤドヤ入ってきた。大学の職員が数名制止しようとしたが、 
 押し切られた。 
  
  彼らは年老いた学長を取り囲んで、処分を撤回しろ、ナンセーンスなどと 
 叫んでいた。呆然とたたずむ学長の腕を職員がつかみ、乱入してきた学生の 
 輪から守るように抱えて演壇の左の方へ連れていった。式場にいた新入生の 
 ほとんどは黙って事態の推移を見ていた。中には、何やってんだ、と声を上 
 げた者もいた。 
  
  学長が逃れるように去っていった所から司会の職員が出てきて、「これで 
 入学式は終わります」とマイクで叫んだ。それまで学長がいた演壇上からリ 
 ーダー格の学生がマイクを通して演説を始めた。「本日ここに結集したすべ 
 ての新入生諸君!不当にも都立大当局は先進的な学友に対して退学勧告を含 
 む処分を発表した、、、」「ナンセーンス」と壇上にいる学生が唱和する。 
  
  しばらく傍観していた新入生たちの多くはのろのろ立ち上がり会場から出 
 ていった。舞台の左下には別の学生の集団があって、カエレ!カエレ!と大 
 声であげていた。私はなんだかドキドキ興奮して、立ち上がったもののその 
 まま会場から出る気がしなかった。 
  
  壇上を占拠した学生たちは入ってきた方から出ていった。私は廊下に出る 
 と、少し離れてその後を追った。関わり合いになるのも危険な感じがしたが、 
 入学してニコニコしている学生たちの顔を見るのも嫌だった。 
  
  彼らは、アンポ粉砕!トッソー勝利!処分粉砕!トッソー勝利!と世田谷 
 の住宅街をスクラムを組んで行進し、10分ほど離れた理工学部のある深沢 
 校舎の講堂に入っていった。 
  
  私も解放学校とかかれた立て看のある薄暗い講堂に入った。すると新入生 
 の学友はこっちに来て下さいと壇上から声がした。先ほど乱入してきたグル 
 ープと初めから講堂の中にいたグループ合わせて30名ほどが前の方に座っ 
 ていた。 
  
  新入生は私を含めて5,6人だった。リーダー格の男が、入学式を粉砕し 
 たこと、今後も都立大当局を徹底的に追いつめ処分撤回を勝ち取ること、現 
 在の日本を取り巻く政治状況について、など演説をした。異議なし!とか、 
 ナンセンス!とか下の方で相づちを打っていた。 
  
  それが終わると肩を組んで、インターナショナルを歌った。「立て飢えた 
 る者よ。いまぞ日は近し」という革命歌である。それで集会は解散になった。 
 帰ろうとすると、呼び止められ、所属を聞かれた。名前は聞かれなかった。 
 よかったらもう少し話していかないか、と言われたが、黙って下を向いてい 
 ると、ビラを渡された。そして相手は笑顔で手を振った。 
  
  私は礼をしてビラを手に講堂を出た。一緒に帰る者はいなかった。ビラに 
 は次の集会の日時と場所、すべての学友諸君はそれに結集して共に闘おう、 
 といったことが書かれていた。ビラをカバンにしまうと下を向いてとぼとぼ 
 と駅に向かった。これが学生運動と私の出会いだった。 
  
  授業が始まって1週間ほどは教室に顔を出していたが、どうにもあたりの 
 様子になじめなくて授業に出席することはやめてしまった。授業の始まる前 
 には全共闘の学生が入ってきて、少し演説をしてビラを配ったりしていた。 
  
  
 99.5.1 
  
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 初出:F42通信 1999.5. 
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 あとがき:前号訂正:昭和55年→昭和45年。 
  
 複数の読者の方からご指摘があった。丹念に読んでいただいているのがわか 
 って、恐縮するやら、うれしいやら。ありがとうございました。昭和55年 
 は東大入学の年でした。 
 以前からそうだったが、私の記憶は前後関係が乱れている。あるエピソード 
 がある。それはそれで完結していて、各エピソードの間の前後関係はどうで 
 も良い。そんな憶え方をしているようだ。これは人間の記憶に関しても同じ 
 で、固有名詞とその人の印象が結びつかない。元気な子という印象があると 
 そのジャンルに入る人はすべて同一人物として記憶されている。実際に面識 
 ある人も、あったことがない芸能人もみな同じである。それで他の人と話が 
 合わない。世の中との接点を狭くしようと思っている最近では、この傾向が 
 ますます強くなってきた。何かまうもんか。それも生き方だ。 
  
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 自伝シリーズ NO.59  私の大学時代1 (2)   2001.10.13 発行 
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 発行者:ぱーこ pahko-s@parkcity.ne.jp 
 発行所:ぱーこシティ http://www.parkcity.ne.jp/~pahko-s/ 
     バックナンバーは、ぱーこシティにあります。 
     日記シリーズの伝言日誌は毎日更新中。 
  
 配信元:『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000042938) 
  
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